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適応障害からの復活

適応障害になった元不動産営業マンです。

米兵との思い出

 

私は米軍基地がある都市に住んでいます。

その町は戦前から海軍の造船業で栄え、

軍隊との密接なつながりを持つ町です。

 

戦後は米軍基地や米軍の居住地が建てられ、

市街地にはアメリカ兵やその家族が楽しそうに

歩いているのが散見されます。

 

私はその街で育ちました。

 

都市部の一部には、アメリカ人が集まるクラブや、

バーなどもあり、若いころの私は良くそこに遊びに行きました。

当時、20歳でお酒も飲める年齢に達したころだと思います。

 

アメリカ人はとても大らかで気さくな方が多く、

良く食べ物やお酒を奢ってもらったり、

ダーツやビリヤードを教えてもらったりしました。

 

でもアメリカ人は英語、私は日本語しか喋れない。

そんな中、良くあんなにも楽し気に遊んだものです。

 

あの時、もっと英語が話せたなら今でも繋がっていられたかもしれないなぁと思ったものです。

 

ある時、いつものように通りを歩いていると、

なんと「カツアゲ」に遭いました。

 

相手は同じ日本人の若造です。

 

私は当時、彼女とケンカしてむしゃくしゃしながら帰っており、どっかのバーで一杯飲んで帰ろうかと思っていました。

 

そんな中のカツアゲです。

相手は4~5人くらいの人数でした。

私は1人。

 

普段ならオドオドする私ですが、

この日は苛立っており、ヤンキー達とのにらみ合いが、

始まりました。

 

私は大人げなくキレてしまい、

相手の胸倉を掴んでおり、周囲のヤンキー達はそれを制止するように取り囲んでいました。

 

お互いの怒号が飛び交う中、

バーからアメリカ兵が3人程、飛び出してきました。

 

「ヘイヘイヘーイ!」

 

アメリカ兵が一瞬の内に私たちを引き離すと、

「NO,FIGHT!」と何度も制止してくれていました。

 

ヤンキー達はごついアメリカ兵に恐れをなしたのか、

一瞬の内に逃げ去っていきました。

 

アメリカ兵は私に何か言っていましたが、

翻訳アプリを取り出してこんなことを言いました。

 

「可愛い顔してすごいな」

「何かあったんだろ、一緒に飲もう」

 

私も翻訳アプリに向かってこう言いました。

「とても助かりました」

「お礼に1杯奢らせてください」

映画みたいなセリフ言っちゃった!と軽く興奮したのを覚えています。

 

助けてくれたアメリカ兵たちとバーに入りました。

そこはほぼアメリカ兵専用みたいなバーで日本人はマスターと、アメリカ人の付き添いの女性が何人かいる感じでした。

 

入った瞬間、アメリカ兵が店に向かって大声で何かを言いました。

 

その瞬間店の中は「うぇーい!!」みたいな歓声が出ました。

 

マスターに何を言ったのか聞いてみたら、

「コイツは一人で5人を相手にケンカしてたスーパーボーイだぜ!って言ったんだよ、可愛い顔してやるじゃねぇか、兄ちゃん!」

 

映画の世界だ!!!と興奮しましたね!

 

その日の夜はアメリカ兵と拙い英語で頑張って会話したのを覚えています。

この時にダーツのやり方を教えて貰いました。

 

今でも鮮明に覚えている懐かしい思い出です。

あの時もっと英語を話せていたらもっと楽しかっただろうな、と思います。

 

またあのアメリカ兵に会いたいなぁ。。

 

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