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適応障害からの復活

適応障害になった元不動産営業マンです。

適応障害と診断されるまでの経緯(うつ病らしい)

 

今日はどうも落ち着かないので外伝的な感じで

書いてみようと思います。

まず私が適応障害になった経緯から順に、

現在に至るまでを書いてみようと思います。

 

・適応障害・うつ病の診断

 

ことの発端は転職先での飲み会でした。

当時、父を亡くして借金(1200万円)をいきなり抱え、

ただでさえ好きでもない飲み会に連れていかれた時のことです。

 

父が亡くなってから気持ちが落ち込み、営業成績も振るわず、

やりたかった売買営業からやりたくもない賃貸営業に回されました。

 

賃貸営業に回されてからの2か月間は、徐々に成績も伸び始め、

三か月目には、ノルマ達成の兆しが見えてきました。

私の当時のノルマは約150万円。東京や横浜であれば、

あっという間に達成する数字だと思います。

 

しかし私がやっていたのは関東の地方圏。

月に15本以上の契約が必達です。

 

でも幸運なことに1か月目にしてお客様が、

お客様を呼び、毎日物件のご案内がありました。

 

だから正直あの時本気でやれば、

150万円など余裕で達成できたかと思います。

 

しかし本気でできなかった、いやなるつもりもなかった。

 

というのも前述した父の借金があり、

加えて私には奨学金と、車のローンやカードの支払いで、

500万円程の借金があったのです。

 

幸運なことに前職での貯金と、転職先の歩合で、

私の奨学金以外の借金は消えました。

ですが父の借金が1200万円も丸々と残っていたのです。

 

だから父の持っていた土地を売ることにしました。

 

私の家は持ち家の土地と将来父が事業を行う為に、

持っていた土地がありました。

 

その事業用の土地を売ることに決めました。

その土地は私が小さいころから遊んでいた土地。

思い出のある土地です。

 

そこを不動産屋であった私が自ら売ることになりました。

 

身内からは本当に売って大丈夫か。

早く売れないのかとまぁうるさいことを言われました。

 

ですが自分が慣れ親しんだ土地を、

自らの手で、しかも借金の返済の代わりに売るなんて、

私自身、とても惨めな思いでした。

 

惨めな理由としては「売却理由」です。

 

当時勤めていた会社が懇意になって助けてくれましたが、

同僚や上司に借金の話をすることが私には耐えられなかった。

 

というのも父は地元で不動産屋をしていたので、

父のことを知っている人間は何人もいたからです。

 

私は転職の際にコネ入社の打診もありましたが、

父の威光に沿うことは、自分で許せなかったので、

自力で就職しました。

 

若手の多い古くからの会社です。

地元では有名な会社でしたが、運よく私のことを

拾ってくれました。

 

そんな会社に、父を知っている方も多くいました。

その方々に私のマイナス面の話をするのが本当に耐えられなかった。

 

ここから段々と気分が落ち込むようになったのだと思います。

 

結局、自分で売却することができましたが、

借金でほぼ金は消え、妹に残す金が微々たるものになってしまいました。

 

私の妹は私と違い、とてもサバサバした性格なので、

あっけらかんとしていましたが、

私としては一円でも多く妹に残してやりたかった。

 

そんな思いを抱えながら、常に頭の中によぎりながら、

仕事をしていましたので、成績なんて上がらなかった。

 

あの当時は気持ちの切り替えができなかった。

 

そこで前述した飲み会です。

私は最初の会社でモラハラ・アルハラ上等の会社に勤めていました。

同じ不動産屋でも建売を扱っていたので、

仲介屋さんが契約を決めると、夜中の12時過ぎだろうが何だろうが、

飛んでいくような仕事です。

 

加えてモラハラにアルハラ。この会社で私は何度か、

血便を出し、時には文字通り血を吐いて会社に行っていました。

 

当時の残業時間は約100時間。週二日の休みの内、

必ず1日は休日出勤していたのでそれ以上の労働時間でした。

 

当時の私は辛いながらも、

今を乗り越えればスキルが身につく等ポジティブに

考えていました。

 

今付き合っている彼女とも、

週1日は会い、常に笑顔を絶やさずにいました。

 

それがダメだったのかもしれません。

かなり無理をしていました。

 

そして前述の転職先の飲み会の際に、ふざけてですが、

私の批判大会が始まったのです。

 

それのせいで翌日、体が動かない。

翌々日、幻聴と幻覚、体の硬直。

 

文字通り体を這い出して上司にメールを打ちました。

 

すぐに祖母に連絡し、一緒にメンタルクリニックに

行きました。

 

診断は「うつ病」。

ただ診断書にうつ病と書くと営業職の場合、

長期間休むと解雇になる可能性も少なからずあるため、

診断書には「適応障害」と記載してもらいました。

 

ですが医者からははっきりと「うつ病」と告げられました。

 

当時の私の様子を母や彼女に聞くと、

完全にやつれていたそうです。

 

目はクマが真っ黒に色濃く残り、(現に1日2時間睡眠でした)

痩せて、本当に心配だったとのことです。

 

これが私のうつ病と診断された経緯になります。

 

 

 

 

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