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適応障害からの復活

適応障害になった元不動産営業マンです。

最初の職場の話

 

最初の職場は「自分で考えてやれ」というのが基本でしたから、

契約のクロージング等に上司がついてきた記憶は一度もありません。

 

私の最初の仕事は「用地仕入れ」という仕事でした。

簡単に言うと「土地を安く買って建物を建てて売る」というのが仕事です。

利益配分とかはお教えできませんが、そこで利益を得ているのが私の会社でした。

 

土地を安く買うというのは語弊がありますが、不動産屋から情報を得て、

早く現金化したいお客様がいれば私たちが登場してくるようなイメージです。

悪く言うと「ハイエナ」ですね。

 

ただ土地を安く買うのは非常に難しいことで、

案件数は多いのですが実際に利益が出て、事業化できるものは極々僅かです。

私レベルで毎月案件が60件程。これはかなり少ない部類に入ります。

 

仲介営業様なら月に2,3本契約できることは当たり前の世界でしたが、

私にとっては月に1本が限界でした 。契約できなさ過ぎて半年未契約になった時期もあります。

 

その時の圧といったらもうすごいです。。

①毎月の月例会議で100人ほどの前でマイク無しで、

 未契約の理由を話さねばなりません。(しかも大声で)

②上司に詰められる(これは当たり前)

③支店会議でも詰められる。

 

契約できない人間は「人権がない」これもその通りです。

金を生むことができず消費するだけなのですから当然です。

おかげで様々なことをやらされました。。。

 

とはいえ、周りの人間は私をシカトしたりは絶対にしませんでした。

助けることはなくとも、常に笑いあっていました。

上司も含め全員がです。だから私も3年程続けられたのだと思います。

 

ではなぜ辞めたのか?

 

それは次回書きたいと思います。

今日は病院とかで疲れちゃいました(笑)

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